多色模様入りのアフリカーノ(africano)大理石は既にフラウィウス朝時代(一世紀末)には掘り尽くされていたと思われる。この時期になると、採石場から産出されたのは灰色がかったビージョ・アフリカーノ大理石(Bigio africanato)のみで、赤い筋があるものはまれだった。それは、Teos にある Karagöl 石切場の近くに今も残っている多くの原石ブロックを見ても明らかである。薄片組み込み円柱の部分(A-B、X)は、今では珍しい例であるとともに、もはや入手困難になった多彩色のアフリカーノ大理石を人工的に造るために、灰色の柱身に赤い斑紋のような曲線形の薄片を組み込むという、複雑で根気の要る作業を物語るものである。