このオスティア最大の商用建物は、従来クラウディウス帝時代(41-54年)のものと推定されてきたが、最近の研究では初期の建物は紀元前一世紀にさかのぼるという説が出ている。建物は、凝灰岩の円柱が並ぶポルティコのある大きな中庭(B)、それを囲むように3辺に配置された倉庫部屋(cellae、保管のための部屋)(C) で構成されていた。二世紀末から三世紀初頭には完全な改装工事が実施され、レンガ造りの壁の造り直し、平行する2列の倉庫部屋の中庭の中心への追加、フロア1(2階)の建設が行われた。この時期には倉庫部屋のすべての床に「ススペンスラ(suspensura)」という根子(小さなレンガの角柱)を並べて床のかさ上げが実施された。こうして設けられた間隙は、保管されている穀物を湿気から守る機能を持っていた。