Sepolcro di Cartilio Poplicola

(Reg. IV, Is. IX, 2)

海岸地区と海港付近のドムス

  • 石ブロックで化粧された部分
  • コンクリートの中核部分

このマウソレウム(霊廟)は、紀元前20年頃にマリーナ門の外のエリアにあった墓地の道に沿って建設された。墓の正方形の基部はトラバーチンのブロックで覆われ、中央の本体は正面が大理石で、側面が凝灰岩で化粧されていた。四隅の角は柱頭のある扶壁柱で装飾されていた。正面には「Caius Cartilius」の碑銘がある。カイウス・カルティリウスはオスティアの重要職にあった有名な行政官で、「ポピリコラ(Poplicola)」(「人民の友」という意味)の苗字を授かるほど人気があった。モニュメントの基部には、兵士や3段オールのガレー船を並べた人物像があるフリーズ(帯状装飾)で装飾されているが、おそらくはこの行政官の指揮で海戦に勝利したことを伝えているのだろう。

墓の北側の立面図
(I. Gismondi, O. Visca)

ヘラクレス神殿にあった休憩する競技者として描かれたカイウス・カルティリウス・ポピリコラの像
(Museo Ostiense)

墓の浮き彫りの細部

墓の立面の眺め

墓の平面図 
(O. Visca、1946)

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Durata: 03:00 minuti