この大きな浴場施設は、トラヤヌス帝時代の110年頃に建設された。この時代のものであるトラヤヌス帝の姉マルキアナの肖像が浴場内から出土した。建物は、ギムナジウム(体育場)の機能を持つ円柱列で囲まれた大きな中庭 (A) と中二階の高さに置かれた浴場区域に分かれていた。アポディテリウム(脱衣室)(B) は競技者たちを描く白黒の小片によるモザイクで装飾されていた。それに対して、フリギダリウム(冷浴室)(C) は多彩色のモザイクで装飾されていた。フリギダリウムには、三世紀にアプシスのある大きなプール (D) が追加された。コンプレックスの南側には温められた部屋の続き (E-G) がある。四世紀には、南棟 (H) が切り離されて、セヴェリアナ街道(Via Severiana)と直接に連絡する独立した浴場コンプレックスとして改築された。マリーナ門の浴場は後にもテオドリックの時代(493-526年)まで何度も修築された。