小アジアの Teos の周辺に散在していた採石場では、紀元前一世紀にローマに導入されたルクレウム(luculleum)大理石が採掘されていた。この「アフリカーノ」大理石はアウグストゥス帝時代(紀元前一世紀末 - 一世紀初頭)の建築を代表する多彩色大理石の1つであるが、ローマのパンテオンとオスティアのカピトリウムの敷居にも使用されていることは、かなり前から入手困難になっていたにもかかわらず、ハドリアヌス帝時代(二世紀前半)になっても重要な建物に使用されていたことを物語っている。グラディナで彫られた段がある原石ブロック (A-D、F、J-Q) は化粧張り用のスラブ材の製造に使われるものだった。粗加工した大きな円柱の柱身 (E) には金具のための穴が残っており、採掘中に損傷した加工品を修復した古代の様子をよく伝える資料となっている。